全日本インカレ5日前!~マネージャーから見た選手たち①~
こんにちは!
4年マネージャーの村上です
この8月は主に、日本各地で行われていた合宿の様子をお伝えしてきました。毎年この季節には前期末試験からの解放感もそこそこに、次々と各ブロックが合宿へと赴いていきます。
首都圏にはない自然の風物。ほとばしり、地面にわずかな染みをつくりすぐに立ち消える汗。すっと伸びる永遠の白線。もぬけの殻になる日吉の競技場。
8月が終わってしまった。夏が終わってしまう。夏の境界線はすぐそこです。思えば今年もあっという間な合宿期間でした。
しかし、この大会を迎えずして我々の夏は終われません。
日本の学生チャンピオンという称号。大学生活を捧げるに値する重みがそこにはあるのです。
もうじき、全日本インカレの幕が上がります。
5日の後、等々力競技場で日本一をかけた生身の戦いが始まります。
本日からのマネブロでは、「マネージャーから見た選手たち」ということで、普段練習や試合をサポートするマネージャーからの視点で出場選手を紹介していきます。
良い意味でも悪い意味でも、行きたい方へ歩いていってしまう慶應競走部の選手たち。その奔放で闊達な全体的な雰囲気を4年間噛み締めてきました。そんな選手たちを見守り、支え、ときには彼らにチューニングを合わせてその良さを見出そうと努力する我々だからこそ、見えるものがきっとあるはずです。書いているうちに色々思いが溢れてきて、若干長くなってしまいました。最後までお付き合いいただければ幸いです。
今回は
男子100m,200m,4x100mRに出場する永田駿斗(短短、総4)
男子走幅跳に出場する酒井由吾(跳躍、環1)
女子やり投に出場する森凪紗(投擲、環4)
の3名をご紹介いたします。
(左から永田、酒井、森)
永田駿斗
(みんなでクラウチングスタート!のつもり)
生意気な奴――駿斗への第一印象は実はこうでした。まだ同期の顔も十分に把握していない駆け出しの頃の部活では、先輩だと信じて疑わなかった駿斗の堂々とした佇まいがそこにありました。最初の一週間くらいは敬語を使ってしまっていたほどに。
ビデオや計測を頼んでくるときもぶっきらぼうで、そのこだわりが異常に強い。まだ駿斗のことをよく分かっていなかったその当時、初めて会うような天才肌だと思うと同時に、若干の人遣いの荒さにわずかながらも辟易する自分がいたことは否定しません。
周知のとおり、駿斗は人一倍熱く、人一倍不器用な男です。高速で回転する独楽が完璧な静止を保つように、走りでもその生き方でも、ぶれない鋭利な軸をもっています。練習中、賑やかに多くを語るような素振りは見せませんが、全身から立ち上る壮絶な雰囲気が全てを物語るのです。寡黙かつ雄弁。そんなアンビバレントな印象が、駿斗を見ているとわき上がってきます。
親しくなるとほころぶ笑顔で様々な話を聞かせてくれる一方、遠目で眺めている分にはその走りが体現する迫力を感じることはできても、彼が何を考えているのか分かりづらい面があるかもしれません。まさに最初の頃、ぼくはそれに戸惑ったのです。
引退が間近に迫ったいま、駿斗に対する印象が変化したのはどのあたりからだろうと考えることがあります。具体的な時期は思い出せませんが、駿斗の練習への向き合い方に感銘を受けたことがきっかけなのは確かです。安易に群れることのない練習姿勢。陸上という自分の舞台で戦うなら孤独になれといわんばかりの徹底的な自己対話。教えを乞う後輩には誰にでも優しく接し、AOの選手を中心に普段から多くの仲間と笑い合っている印象が強い駿斗ですが、その練習に対しての意識には尋常ならざるものがあります。
駿斗とよく話すようになってからは、競技に対峙する彼の信念に驚かされてばかりでした。
一つは切り替えの早さ。駿斗が考える「良いレース」の水準は非常に高いので、そう簡単に満足のいく走りを実践できるわけではありません。関西学院大学の多田選手に置いていかれたとき、あるいは軽い怪我を負ってしまい慶應に満足のいく得点をもたらせなかったとき。課題の残るレースは山ほどあるといいます。それでも、次に会ったときにはもう前を向いている。そのレースの良くなかったところは的確に押さえつつも、視線は次に向かっているのです。改善点を見つけることと過去に拘泥することの違いをしっかりと認識し、何かを語るなら未来を向いている駿斗の表情はいつもたくましく見えます。
そしてもう一つはやはり、類い稀な向上心でしょう。子どもの頃を思い返してみると、「○○になりたい!」の○○には多くの可能性が宿り、それを信じて疑うこともなかったはずです。それが大学生も後半ともなると、そんな無邪気な思いが冷え固まって沈殿するようなこともあるかもしれません。でもここには、確かにいるのです。「日本一になりたい」と、何の混じり気もなく言ってしまえる男が。自分に期待しかしていない自分が、駿斗の中にはいるのです。自分のもつあらゆる力を信じ切って、自信と冷静な分析を両輪にどんな厳しい練習でもこなしてしまう姿は、主将としての矜持に溢れたものだと常々思っています。先天的な才能を後天的な血の滲むような努力で伸ばす駿斗は、さながら『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子、2006年)の連と新二の合わせ技のよう。
日本一になってほしい。心からそう願っています。いつからか、全カレで優勝した駿斗と笑顔で(あるいは嬉し泣きで)抱き合うことをずっと夢見てきました。
一番高いところへ。最前列へ。
酒井由吾
(みんなで走幅跳!のつもり)
人間は音とともに興奮の記憶を留めているようです。あの地鳴りのような大歓声、鳴動するスタンド。どんなに強い追い風に吹かれてもピタリと踏み切りを合わせてくる酒井を、まるで白昼夢でも見ているかのように目で追うしかなかった我々。着地の瞬間、観客の誰もが立ち上がってしまうようなあの不思議な一体感は、スポーツを生で観戦する醍醐味そのものでした。あの一瞬だけは青空が違う――思わず天を仰ぎ見たとき、そんな印象を抱いた特別なひとときでした。
関東インカレ2日目の奇跡のような光景です。苦い思い出の多い今年の関東インカレでしたが、あの走幅跳の時間はいまも鮮明にあぶり出されて迫ってきます。好きなアーティストの新曲を聴ききってしまったときのような後ろ髪引かれる爽快感。映像を見返すたびに、酒井がくれた感動が五感に訴えてくるのです。
あの8m31のあと、酒井はこう言ってくれました。「慶應でやっていたから出せた記録です」と。幻の日本記録超えを達成し、関東のチャンピオンに輝いた王者とは思えない謙虚な姿勢です。アスリートかくあるべしと、1年生ながら教えられた気がしました。
今年ぼくは跳躍の夏合宿に参加しました。そこで確信を得たことは、(だいぶオブラートに包んで)酒井はかなりエキセントリックな人間だということです。先輩のベッドにもぐりこみ、奇声を発しながらぐちゃぐちゃに乱れたシーツを残して去っていく酒井。進んで先輩のご飯のお代わりを用意しようと、信じられない密度で山盛りの圧縮飯をこしらえる酒井。バイトの面接に落ちまくる酒井……。あくまでマネージャーから見た彼ですが、跳躍ブロックの部員はもっともっと多くの酒井エピソードを持っているはずです。ぜひ皆さんも彼らに訊いてみて、色々な酒井由吾を垣間見てください。
それでもやはり彼の奥深くに根付いたスター性は、普段の練習時にあっても自然とそちらに目が行ってしまうほどに色濃く漂っています。かくいうぼくの慶應競走部を目指している母校の後輩も、南多摩中等時代から酒井のファンであり、慶應への志望をますます強めたようでした。同期・先輩問わず誰にでも好かれる酒井。強敵ぞろいの日本学生走幅跳界ですが、あの歓喜をもう一度。応援しています。
誰よりも遠く、誰よりも高く跳べ。
森凪紗
(みんなでやり投!のつもり)
天真爛漫、無邪気、明朗快活――。なぎを表しうる言葉はたくさんありますが、どれも微妙に何かが違う。なぎはそのような言葉一つでは到底見晴かせない、ミックスジュースのような存在です。
先日のマネブロでも言及しましたが、ぼくがなぎの凄さを思い知ったのは2015年、1年生の関東インカレでした。「……なぎ、アップは?(このとき競技開始70分前)」「え、まだいいんじゃない?」「……いつ行くの?」「決めてない。いつもそんなもん」。期待の新人スロワーとして少なからずプレッシャーもかかる中、選手待機場所であっけらかんとこんな会話が交わせてしまうなぎ。それでいてしっかりと表彰台に登ってきてしまったのです。緊張した素振りなど見せず常に笑顔のなぎのデビュー戦は、どこまで上っても割れないシャボン玉を見ているような、微笑ましくも安心感のある船出でした。
ただ、なぎもまた不器用な面も併せもつ、一人の人間なのだという当たり前のことも知っておかなければいけません。その奔放さゆえ世の中の常識に傷ついたり、既成概念を壊そうと躍起になったりするかもしれない。でもやはり同じ部の同期として、なぎにはなぎのままいてほしい。みんながそう感じていると思います。パソコンで作業しているとき、突然背中に平手で喝を入れてくるなぎでいてください(めっちゃ痛いです)。同期や後輩の屈強な男たちを牛耳るなぎでいてください。なぎらしいなぎが一番です。
さて、今回の全日本インカレについては、正直調子は芳しくないというなぎ。振り返ると、「絶好調!」と喧伝するなぎもまた見たことはないのでそれほど心配はしていませんが、やはりここでもなぎはなぎらしく試合に臨んでほしいと思います。不調と思うなら下手に取り繕わず、That’s the way!の風まかせ。あれこれと考えてもなるようにしかなりません。大舞台での最後のやり投。脱力から生まれるものもきっとあるはず。
なぎを見ていると、なぎのいるその場所を中心にどんどんどんどん、あらゆるものが剥がれ落ちていっているような気がします。体裁だとか世間体だとか建前だとか見栄だとか、中高生の頃に「大人になること」と等号で結ばれていた諸々が、古びた塗料のようにポロポロと剥離していくのです。もう我々は20歳を超えました。それでも、そんなしなやかな心はもち続けたい。なぎはそれを体現してくれている存在です。
ゆるーく、でも決めるときはバシッと決める、なぎを目に焼き付けておきます。
ついこの間まで開催されていて、世間の耳目を集めた陸上アジア大会。我々の先輩である山縣亮太選手と小池祐貴選手の活躍は凄まじいものがありました。その様子を、北京・ロンドンオリンピック男子400m代表の金丸祐三選手はこう評しています。
「大学によって選手の色が出るのが、日本の陸上の面白いところだけど、慶応大出身の選手は、独特の感性とクレバーさを兼ね備え限界を超えていく印象」(金丸選手のTwitterより)
今回紹介した3人の選手たちもみな、まさに「独特の感性とクレバーさ」を併せもちながら日々の練習に臨んでいる印象です。その身一つで渡り合っていく陸上競技は自身の肉体に関しての感覚的な部分と、それを客観的に分析する理論的な思考が求められます。先輩方がつくった絶好の流れを受けて、自らもそれに続こうとうずうずしているはずです。いまにみていろという闘志とこれまでやってきたことへの冷静な自信を携えて、等々力のタータンを踏みしめてください。
平成最後の夏はもうすぐ終わってしまいます。しかし今年の夏の終わりをこの大会で鮮明に焼き付けて、手に持った線香花火が消えるまでじっと火球を追う子どものように、この夏を最後まで楽しみ尽くしてやりましょう。
あと5日。虎視眈々と日本一の激闘に向けて準備してまいります。
明日以降も続々と「マネージャーから見た選手たち」が更新されていきます! どうぞご期待ください。
それでは失礼いたします。最後まで読んでいただきありがとうございました。