早慶戦を終えて

こんにちは!
4年マネージャーの村上です。

 

去る9月23日(日)、第94回を数える早慶戦が早稲田大学所沢キャンパスで開催されました。

長距離とサポート以外の4年生部員が部に別れを告げるこの大会は、公式戦の中にあって特に古くから続くものの一つです。とかく「早慶戦で4年は終わり」というイメージがついて回りますが、3年生以下の選手にとっては秋シーズンの幕開きを感じさせる試合であるとともに、新たな幹部が足並みをそろえて一歩を踏み出す船出の場でもあります。

 

正直、あっという間でした。
時間がロケットで飛んでいきました。
瞬く間に通り過ぎて行った4年間。そのあっという間の「あ」がどれほど濃く、どれほど思い出深いことか。

 

だからこそ、勝って終わりたかった。
だからこそ、もう一息ふんばりたかった。
慶應は28点対29点で敗北を喫する形となってしまいました。
両校の明暗を分けたのは1点の差です。しかしその差は「たった」や「惜敗」という慰めでは突き抜けられないほど、大きなものに感じます。

 

フィールドの慶應・トラックの早稲田とは、早慶戦を語るときによく言われていることです。
フィールド種目を志す相対的な部員の多さを生かし、午前に集中して行われる跳躍・投擲系の得点を1点でも多くあげる。これが、関東インカレでもトラック対校得点で上位に食い込むような早稲田大学を抑えるための道筋です。

特に悔しさを覚えたのは、最後の4×200mR(8継)まで勝負を持ち込むことさえできなかったことでした。どこかで失った1点は、8継の勝利よりも重くのしかかりました。後輩たちには、バトンをつなぐ選手へ敗北を噛み締めながら声援を送るしかない状況にしてしまい、1人の4年生として申し訳なく思います。

 

それでも。
それでもとあえて言わせてください。
4年間見てきた選手たちが懸命に頑張っている。これまで試合で何度も目にしてきたそんな光景が、やけに眩しく見えました。
「これが最後だ」という補正がかかっていたことは分かっています。引退の雰囲気というのは不思議なもので、些細なことでも感傷的に映ってしまうものです。

今回は、同期たちが引退してゆく4年マネージャーの視点からであり、同期の4年生へはやや懐古的に、後輩へはこれからの期待を込めたものになることをご了承ください。
それでは、今回3位までに入賞した選手と、出場した4年生選手を紹介していきます。

 

男子100m
●優勝(10″52) 永田駿斗(短短、前主将、総4)
いま、日本学生短距離界で最も熱い視線を浴びている駿斗です。以前の全カレ特集マネブロでの「全カレで優勝した駿斗と笑顔で抱き合う」を有言実行できたことをまずここに記しておきます。

ついに駿斗も「日本一を狙う」立場から、「勝って当然」の重責を負うスプリンターとなりました。だから、この早慶戦でも1位の3点奪取は当たり前、あとはタイムだという追い風にも足かせにもなる期待感が、駿斗を取り巻く何者にもありました。大学生活とともに競技人生を終わらせるわけではない駿斗にとって、この何気ない眼差しはどう受け止められるでしょうか。
ぼくだったら、怖いかもしれない。逃げ出したくなるかもしれない。
それでもやはり駿斗は駿斗。安定した走りで1番にフィニッシュへ飛び込みました。
我々マネージャーがエントリー業務を行うように、あるいは日本の列車が定刻通り駅に到着するように淡々と自らの役目を果たす姿に心酔した部員も多いことでしょう。

この早慶戦の次は国体を控える駿斗です。ついぼくが感傷的になってしまっているこの瞬間も、駿斗の視線は未来へ、すなわち国体や東京オリンピックへ向かっています。けれどひとまずはこう言っておきたい。
4年間、そして主将の大役お疲れさま。

 

●第3位(10″82) 小倉亮介(短短、総4)
なんてしなやかな走りをするんだと、入部当初から思っていました。天性のバネなのか、細身ながらも良質な筋肉なのか、はたまた天才的なタイミングの取り方なのか。「良い走り」に関連する諸々がおぐには備わっています。

もちろん、おぐの工夫を凝らした努力の上に築かれた近年の活躍であることは間違いありません。しかしながら、このしなやかさは後付けで享受できるものでしょうか。才能は時にひどく残酷にも、また生々しくも映ります。足さばきに悩んでいる部員がいれば、とりあえずぼくはおぐの走りの動画を薦めるのですが、走っているおぐの背後にうっすら見える、天性と努力の道筋にゾクゾクさせられます。

やや波があるのもおぐの特徴で、今回は納得のできるレースではなかったようです。その中で見せた「4年の意地」、皆さんには伝わったでしょうか。
4年間、お疲れさま。

 

男子400m
●第5位(48″40) 前山陽軌(短長、前副将、環4)
「ターミネーター」という映画があります。炎で焼こうが弾丸を放とうが、何の気なしに迫ってくるアンドロイド。ふとそれにデジャヴを覚えるのはぼくだけでしょうか。
どれだけ本数を重ねようが、どれだけ先頭争いで競ろうが、レストの終了時には涼しい顔で戻ってくる新生物。
主に冬季練、陽軌の不死身な練習姿勢に驚嘆の声をあげる短長の後輩は、その圧倒的な生命力におののく映画の中の人間そのままでした。

これほど練習を愛し、自分を追い込むことを友とできるのかと部員の度肝を抜いてきた陽軌。1年次の関東インカレで驚異のスタートダッシュを決めて以来、競技について悩むことも多かったのだと思います。それでも陽軌は常夏の明るさで、短長ブロックに「陽のパワー」を降り注ぎ続けてくれました。

最後の400m、フィニッシュしたときの表情。そして何より、個人種目よりもマイルの方で悔しさを爆発させている姿が印象的です。それだけ陽軌にとって魂をかけていた競技なんだなと。
4年間、そして副将お疲れさま。

 

●第6位(48″46) 小林児太朗(前短長ブロック長、理4)
文系、特に人文科学に身を置く者からすれば、さながら異世界に生きているようなスケジュールで児太朗は毎日を送っています。この数ヶ月、集合から練習に参加できるのは日曜だけという日々が続きました。
理工学部の研究。彼は陸上とともにそれとも対峙しています。

「吸い込まれる」、「閉じ込められる」といった表現で親しまれている(?)矢上キャンパスで研究を行いつつ、夜遅くになったとしても1人で黙々と走り込む児太朗。「努力の人」なんて月並みな表現ですが、児太朗以上の多方面に亘る努力をし続けられるような人にはなかなかお目にかかれません。

研究に、練習に、そしてブロック長としての責務に静かな闘志を燃やす児太朗は、老成した修行僧のような雰囲気を漂わせます。前山と二人三脚で、どうしたら強い短長をつくれるかを必死に考えてきたその背中。誰よりも短長の後輩がよく知っています。
4年間、そしてブロック長お疲れさま。

 

男子1500m
●第4位(3’58″02 PB) 久保田剛史(中距離、理4)
今年に入ってからの800と1500でのPBラッシュ――その数6回。学部最終学年になってからの活躍は、久保田の鬼気迫る寡黙な走り込みの成果でしょう。この4年間、弱音を吐いたのをただの1度も見たことがない同期は久保田くらいかもしれません。

今回の1500は、出場した久保田、田島、三浦の誰かが1点を取らなければ敗北が決まるといった、緊迫した空気の中での号砲で始まりました。
誰もが牽制し合う、スローな展開です。資格記録では厳しい戦いが予想されていることを、その場の誰もが分かっていました。
ラストの直線で、久保田と早稲田大学3人のぶつかり合うような競りを目の前にして、叫ぶことしかできないもどかしさ。
引退試合の分水嶺。久保田のエネルギー・ゼロになるまでの走りに全てを背負わせてしまいました。

久保田の4番手でのフィニッシュは、慶應の敗北が決まった瞬間でした。もちろん悔しかったし、3年前に勝利が決まった瞬間泣き崩れていたマネージャーの先輩の顔が浮かび、嫉妬にも似た思いも抱きました。
それでも、久保田のラストには震えました。堂々たる競技者の証。あらゆる重圧も引き受けるランナーの姿に胸打たれた自分がいます。
4年間、お疲れさま。

 

●第6位(4’12″20) 田島直人(前中距離ブロック長、総4)
ある集団の、トップに立つ人間のイメージとはどんなものでしょうか。ぼんやりと抱くステレオタイプなものとしては、たとえば杓子定規で真面目、たとえば寡黙で他人に頼ることなしに周囲を牽引していく――。
ともすれば「近づきがたい存在」とイコールで結ばれてしまうような安易な思い込みに、人は意外と縛られています。何をするともなくふと無意識に手を伸ばすスマホのように、そんな固定観念を受け入れていたりするものです。
直人は、そんな価値観を一変させてくれました。

直人の周りには、常に笑顔が溢れています。ブロック長としての営みというよりも、その場での対話の当事者として、誰よりも交流を楽しんでいるのでしょう。相手が誰であろうと聞き手を意識した丁寧な言葉選びは、直人の柔らかな風合いを反映していて、それが自然とブロックをまとめる細かな機運になっているから不思議です。

今回の1500では、専門外にも関わらず最初から先頭に立ち、作戦通りのペースメイクに尽力してくれました。ラスト1周、役目を果たし終えた後のこの1周は本当にしんどかったと思います。久保田、三浦に思いを託すようにして後退していった直人はしかし、いつも以上に(いろんな意味で)「大きく」見えました。
4年間、そしてブロック長お疲れさま。

 

男子110mH
●第3位(14″76) 山田龍(短短、法4)
龍は以前の4年生特集で、「鈍足」と書いていました。さすがにもっと他にあるだろと思いながら、そのマネブロを見ていた覚えがあります。投擲ブロックのKくんにSD60で負けていたので否定はしませんが…。
4年間の成長として、確かに走力は疑問符が付くところです。ですが龍の肉体についてのBefore Afterは、まさに感嘆を禁じ得ない水準。龍の肉体は逞しくも、美しくもあります。

龍は中学生のとき全国大会に出場したエリートですが、何せ我々前後の世代はハードル強豪期。他校の数多くのライバルに悔しい思いをしてきたことは数知れません。さらに、上野さん(佑太、100代目副将)や中島さん(短短、理4)世代と富山(短短、環2)や富岡(短短、環2)の世代に挟まれたのも龍にとっては内心穏やかではなかったでしょう。

朝から夕方まで、じっくり腰を据えて向き合っていくハードル陣の中でも龍の試行錯誤は印象的でした。きっとあの「鈍足」には、「…だけど技術で勝ちたい」「…だけど身体で勝ちたい」という続きが人知れずあるのではと思っています。
4年間、お疲れさま。

 

男子4×200mR
●優勝(1’23″66) 慶應(大川弘太郎ー和田佑太ー永田駿斗ー大谷尚文)
冒頭でも触れたように、この8継が行われるときはすでに慶應の敗北は決していました。
8継の直前、1500m。祈るような面持ちでそのレースを見守る和田さん。ここで1点でも取れれば。
「頼む。つなげてくれ。つながれば、おれたち絶対に勝つから」
8継選手の痛切な思いは、届くことはありませんでした。
それを引き受け、意を決した表情でトラックに向かう4人。せめて、せめてここで勝とう。リレーという種目で、早慶戦唯一の団体種目で、全カレ4継準優勝の意地を見せてやろう。応援席の沈む思いとは裏腹に、リレーメンバーの、言葉を介さない結束を見た瞬間でした。

1走。この早慶戦の閉幕をもって、駿斗から主将の座を引き継ぐ大川。鋭いスタートからコーナーをスムーズに抜けますが、後方からじりじりと早稲田が詰めてきます。粘れ。粘れ。声をからさずにはいられません。倒れんばかりに右手を突き出し、両者のリーチを最大限に使ったバトンパスが和田さんとの間で行われます。

2走。和田さん。全カレの200mで右足を肉離れにより負傷しました。「大丈夫、治る治る。てか治す」と早慶戦前は飄々としていましたが、その実病み上がりで2走を務める不安も大きかったのだと思います。いままで数えきれないくらいの功績を部に残してくださった和田さんに、最後の最後まで頼らざるを得ない申し訳なさを握りしめ、和田さんの無事を願う気持ちはみんなが共有していたものでしょう。

3走。駿斗が早稲田からおよそ2m遅れて走り出します。慶應競走部としてのラストラン。100mを走ってから1時間も経っていません。しかし駿斗が見せるのは、そんなタイトなスケジュールを感じさせない驚異の加速力です。特にコーナーの終わり、バックストレートに入るときの早稲田の抜き去り方は言葉になりませんでした。オープンレーンになると同時にピッチが急激に上がり、早稲田の応援席の目の前でトップに立ちます。そしてそのまま吸い込まれるようにアンカー大谷のもとへ。

4走。新たに短長ブロック長となる大谷です。走り出す直前、大谷が目にしていたのは、先輩や同期がつないできたバトンが偉大な前走者によって1位に躍り出る光景でした。何としてでもこれを死守する。絶対に抜かせない。2014年の全カレマイル決勝を彷彿とさせる展開に、大谷の頭にあったのはその一点のみだったのではないでしょうか。詰まったバトンながらも、早稲田に先行して飛び出します。コーナーの出口でその差はほぼ0になったものの、ホームストレートでの大谷の粘りは圧巻でした。全く早稲田を寄せ付けない伸びのある後半の走りで、見事そのままフィニッシュを跨ぎ越しました。

 

男子走幅跳
●準優勝(7m39) 酒井由吾(跳躍、環1)
あいつは一回痛い目を見た方がいい――関東インカレのあと、跳躍ブロックを見ていただいている川越さんが口を酸っぱくしておっしゃっていたことです。
環境が変わり思いがけない成功をおさめ、しかしその後振るわなくなったままフィニッシュを迎えてしまう例はスポーツで枚挙にいとまがありません。

関カレ以降、「痛い目」を酒井は立て続けに見てきました。酒井がこのまま全カレ、早慶戦ととんとん拍子に成果を上げることに対する危惧を、川越さんはずっと表明されていたのだと思います。来年以降がどうなるか分かったものじゃないぞと。

優勝が確実視されていた種目での、怪我を伴った2番手。全カレでの予選敗退に続け、酒井にとっては試練のシーズン後半となりました。
「負けて這い上がる者が強い」とぼくはそう信じています。いまの苦みは来期以降、関カレのような甘美な瞬間に必ずつながっているはずです。

 

●第4位(6m87) 伊藤丈晃(跳躍、前副将、総4)
丈晃の4年間を一言で表した言葉は「F」。そのマネブロ記事を担当した3年マネージャーの伊永には、「ファールも含んでいるけど、たくさん意味があるから」と話していました。ファールのF、彼の出身地福島のF、fastのF――。
それに加えてぼくは、Fにはこの意味も包含されている気がします。
facilitate――「~を促進する」という動詞――のFです。

跳躍ブロック随一の俊足をもつ丈晃は、砂場での練習のみならず短短の選手を中心とした短距離のメニューにもよく混ざっています。距離によっては永田や小倉、和田さんなどに肉薄する好走を見せたりするほどです。
専門の異なる跳躍の選手との練習は、スプリンターにとって大きな刺激となります。丈晃の参加が動機付けとなり、より闘争心をあらわにして短距離の練習に臨めた同期・後輩は数多くいるはずです。

常に身にまとうカリスマ性に若干の気だるさというアクセントを加えた丈晃の競技姿は、専門の走幅跳でも周辺領域の短距離でも、周りの意欲を「促進する」力に満ちていたと思います。
4年間、そして副将お疲れさま。

 

●第5位(6m79) 宮澤英佑(前跳躍ブロック長、法4)
本当は今年、相模原へ一緒に下見になんか行きたくなかった。これが正直な感想です。
1年生のときから、サポートが行う関東インカレの会場下見に(何故か)参加してくれていた英ちゃん。応援に役立つから、というのが主たる目的ですが、その意味で下見に参加することはすなわち関東インカレへの不出場を表します。

この4年間、関東インカレだけを見つめて突っ走ってきたといっても過言ではありません。もちろんブロック長に就任してからは特に彼の視野の広さには驚かされてばかりです。そんな英ちゃんに「関東インカレだけを見つめて」というのは語弊があるかもしれませんが、少なくとも彼個人の競技観を一本貫くものは関東インカレだったことでしょう。

その目標が、叶わなかった。
応援席で声をからす、4年目の関東インカレ。
断腸の思い、などという言葉では足りないほど、落胆に襲われたりもしたのだと思います。そこはとてもぼくの想像力では推し量れません。

最後の早慶戦。堂々とKマークを身に着け、インカレでは自分が統括していた応援を今度は間近で受ける側になり3回の跳躍を終えました。「幸せだった」、その一言が聞けてこちらも幸せです。
4年間、そしてブロック長お疲れさま。

 

男子走高跳
●優勝(2m10 PB) 義永優樹(跳躍、法2)
滑らかに回っていく8の字縄跳びのように、次から次へと驚異のテンポでバーを越えていく義永をぼくは(ビデオを撮りつつも)唖然として見ていました。

5cm刻みで上がっていく高さを2m05まで全て1回でクリア。ベストとなる2m10を3回目の執念で乗り越えました。これが評価され、義永は今大会のMVPに!

驚くべきはこの義永、去年のこの時期のベストが1m95であったということです。それと時期を同じくしてトレーニングルームに張り出された「2m20」の個人目標記録。多くの部員がその義永の目標を懐疑的な目で見ていたのかもしれません。実現可能性を考えろと。
しかし気付けば、その記録まであと10cm。2m20の高さもあっけなく跳んでしまうんじゃないかと思わせる勢いが、早慶戦での義永には備わっていました。

 

●準優勝(1m90) 中野雄仁(跳躍、経3)
「準優勝」と書いてはいますが、実はこの男子走高跳、早稲田側の出場者はいませんでした。したがって、どんな記録を出しても優勝~3位のいずれかが待っている、そんな戦況です。
この記録に、そして今シーズンの成果には雄仁は全く満足していないでしょう。
2mの大台に乗ったいま、どう突き抜けていくか。これからも楽しみに見守っていきたいと思います。

 

●第3位(1m85) 山室光平(跳躍、法3)
山室も中野同様、苦しい岐路に立たされている時期なのだと思います。十分なポテンシャルを秘めているのにそれを試合で発揮できなかったり、シーズンを通して調子が上がってこなかったりするもどかしさ。
3年跳躍全体が、いま真価を問われている気がします。代の交代を経て最上学年になったこの先、同期の豊富さと結束力を頼りに突き抜けていってほしいと願っています。

 

男子棒高跳
●準優勝(4m10) 川端一輝(跳躍、経3)
今年は関東インカレ、関東選手権と大舞台の場数を踏んできた川端。トラックでのメニュー参加はもちろん、棒高跳マットの前で奥平や佐藤と真剣に議論し、練習をつくっている姿が印象的です。

先代の宮澤からブロック長の役目を引き継ぎ、ブロック全体、部全体を見ていく立場となりました。十種という過酷な種目と渡り歩いていくのに加え、幹部としての責任ものしかかってきます。そんな中でも、川端であれば小器用にこなしていくでしょうし、そこで折れてしまう川端のメンタルでもないと思っています。

今回はベスト記録に10cmと迫る4m10。棒高跳専門の奥平を脅かすような記録も、そろそろ生まれるかもしれません。

 

●第3位(3m40) 池阪泰河(跳躍、法3)
走幅跳から一転、新天地を求めて池阪は棒高跳に進出してきました。その練習をしている池阪を見てまず思うことは、「池阪めっちゃ楽しそう」ということ。

3年生も後半に差し掛かろうかというこの時期に、新たな種目へ乗り出すというのは相当な賭けのように思えます。ぼくとしては、あくまで棒高跳に逃げ込むのではなく、ここまで続けてきた幅跳びの方も続けていってほしいです。永田などの実力者に積極的にアドバイスを求める池阪の姿もよく目にします。多方面で頼りになる責任感と向上心を持ち合わせている池阪。競技の裾野はこれからも広げつつ、自分の軸を大切にいってほしいと思っています。

 

男子やり投
●優勝(67m13 PB) 鐘ヶ江周(投擲、環1)
鐘ヶ江が試合を戦い抜くとき、彼の頭にはこれまでの経験と競技研究から得た膨大な理論が渦巻いているような気がします。その一方で、わずかな天候の違いやトラックの質を生身の肌で感じ、直感にしたがって投げを変えていくような面もあるのです。構築された競技理論とフィーリング、あるいは冷静な自己分析と熱いパトスが絶妙なバランスを保っている、その研ぎ澄まされ方がこれまでにない競技者のありかたを見せてくれているようです。

今回は3回目の試技で自己ベストを記録しました。そのときの「もっと行けるのに」という複雑な表情と、何より慶應の敗北を心の底から悔しがってくれているのがとても嬉しく、また申し訳なく思います。
まだまだこんなもんじゃない。そう確信させる鐘ヶ江の力投を間近で見られたことは、ぼくの大きなはなむけとなりました。

 

●準優勝(58m01 PB) 掛村将寛(前投擲ブロック長、商4)
49m台~52m台の間を推移し、何回投げても感覚がつかめなかった昨年。かけさんにとっては長く、苦しく、もがきにもがいた1年だったと思います。
21時が近くなり競技場の電気を消しに行くときの、かけさんがまだ残っている率の高さ。メディシンで、やりで、ダッシュであらゆる努力を積んでいるうちに、帰宅しなければいけない時刻なんてすぐに来てしまします。

普段の奇行が目立つかけさんだからこそ、やり投に向き合っているときの真剣さは、鬼気迫る切実さをまとって常に競技場のどこかにいます。ブロック長として、次々に後輩が台頭してくる状況は嬉しさを覚える反面、焦りも多分にあったことでしょう。いつ実になるとも分からない途方もない努力。それが今年、ようやく形になりました。

かけさんの今年のベスト更新数は4回です。昨年50m前後でくすぶっていたとは思えない、高水準なシーズンでした。「持ってるな」と思わせるのは今回最終6回目。他のトラック種目もあらかた終わり、割れんばかりの歓声の中投げたかけさんのやりは58mを超えました。
早慶戦、最終投擲でのベスト。これ以上の終わり方があるでしょうか。本当に、本当におめでとう。
4年間、そしてブロック長お疲れさま。

 

●第3位(54m98) 安部広太郎(投擲、商3)
種目も、学部も、合宿所での部屋も、役職も同じ。投擲ブロック長の立場を引き継いだ安部は、掛村と一心同体といっていいでしょう。親友のような間柄であり、同時に大きく立ちはだかるライバル。マンガのような泥臭い関係が、2人にとっての大切なモチベーションになっていたことは言うまでもありません。

最近はやや荒ぶりがちな安部。「役職が人を育てる」とは競走部でよくいったものですが、これからいかに抑制と解放のバランスをとるかに期待したいです。

 

男子円盤投
●準優勝(33m20 PB) 中野敬太(投擲、法2)
今年の6月から本格的に円盤投へ乗り出した中野。真面目な性格の部員が多い投擲ブロックにあって、地道に練習を重ねるその姿勢が円盤投の記録も少しずつ押し上げています。
今回は3回目の試技でベストとなる33m20を記録しました。

 

●第3位(30m74) 石川淳(投擲、経1)
混成競技も標榜する淳の練習は、投擲練習からハードル、短ダッシュから300などの長い距離まで実に多様です。
今回は円盤投のみの参戦でしたが、来年以降はより多様な種目でKマークを背負って得点を挙げてくれることを期待しています。

 

●第4位(30m17) 内藤健太(投擲、経4)
この頃は顔を合わせると90%の確率で「むらかみっくす!」と声をかけてくれる内藤。早慶戦にあたってのメッセージを見返してみると、田中(翼、跳躍、文3)から「話したいことがあるわけではないのに、とりあえず『翼!』と呼んでくるあたり、さすがです。」との言葉をもらってますね。内藤は目に入ったものをとりあえずは叫んでしまう習性にあるようです。

1年生の頃はやりと円盤で迷走していたものの、2年次からは円盤に絞ってはやこの日を迎えました。派手さはないけれど、コツコツ蝸牛の歩みで…ボート競技から陸上へ一転、内藤の競技生活はどうだったでしょうか。
4年間、お疲れさま。

 

 

各入賞者、4年生選手の紹介は以上です。
繰り返しになりますが、この早慶戦にて長距離・サポート以外の4年生は競走部生活の幕を閉じました。すでに早慶戦から2週間近く経っており、ぼく自身同期のほとんどいない部活でえもいわれぬ空虚感を拭えないでいます。
いつもなら、あそこにあいつがいるのに。
こんなとき、絶対あいつならこう言ってるな。
目に見えて人数の少なくなった夜の競技場で、同期の姿や声を脳内再生しています。

同期や後輩が魅力的で、日吉のトラックが醸し出す諸々が好きで、そして陸上競技というスポーツがその180人で営まれるということそれ自体がとても好ましく思えて、いままで4年間活動してきました。
全員と、とまではいかなくとも、この競走部で素敵な出会い、ずっとずっと残しておきたい出会いがいくつもありました。

この引退は、競走部での経験の蓄積が途絶えることを意味しません。競技に打ち込んだ事実、サポートに徹した事実はこのあと5年10年と時間の経過とともに物語化され続けていくはずです。この4年間やってきたことは標本採集や化石のように不変のものではなく、ふと振り返ったときの状況によっていかようにも解釈しうるものなのだと思います。
あの出会いにはこんな意味があった。血の味を飲み込みながら走ったことはここにつながっている。
この4年間を、この4年間だけで終わらせたくはない。強く思います。

 

ぼくは予選会に向けてのマネブロも一部担当しますが、ここで言いたいことは全て言ってしまおうと思います。
部活の後輩、特にマネージャーのみんなには本当に本当に助けられてばかりでした。頼りなく、抜けているところも多いぼくに辟易したことも一度や二度ではないことと思います。それでも腐らず、一緒に部を支えてくれて、ともに選手のためになることを考えてくれて感謝しかありません。

 

論語の一節。
後世畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや。
下の世代の者には畏敬の念を抱くよ。彼らは私たちを越える力をもっているからね。

 

サポートの人員不足に憂いた1年でしたが、我々4年が抜けてもみんなの個々の力量としては十分すぎるくらいに思っています。本当に仕事のできる、素晴らしい後輩です。
選手との交点をたくさんもち、せっかく大学で部活をやっているのだから目一杯楽しんで。ぼくは4年間好きなようにやらせてもらいました。みんなも部活で、やりたいことをやってみせてください。

 

さて、1週間後には今年最後の公式戦である予選会が迫っています。それに向けてのマネブロも、もうじきスタートしますのでどうぞご期待ください。
かなり長くなってしまったマネブロですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
そしてこの4年間、このマネブロを見ていただいたり、公式戦に応援へ来てくださった方にもお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

では今回はこの辺りで失礼いたします。

早慶戦を終えて” に対して1件のコメントがあります。

  1. 細田浩之(1983年卒) より:

    久しぶりに慶早対抗陸上の応援(初の所沢)に行き、結果は僅差の敗退と残念でしたが、大いに楽しみました。
    同期の早大礒監督、コーチの川越にもも久しぶりに再会できました。

    尚、慶早対抗陸上ですが、いつ始まったのか知りませんが、オープン競技がありますが、記録会ではなく、
    対抗陸上であることから、対抗戦のみ(オープンなし)にすべきと思います。それから、プログラムですが、
    第60回からの記載しかない種目もあり、全種目につき、第1回からの結果を掲載すべきだと思います。
    (応援に来られる大先輩に失礼にあたると思います)

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