4年間のコトバ  齋藤大樹(総4)

更新があいてしまい申し訳ありません
予選会まで5日!!!
4年間のコトバ、長距離4年生のトップバッターはやはりパートチーフのゴジラに務めてもらいましょう
そして改めて見るとこの写真、わけがわかりませんね笑

 齋藤大樹(総4)    長距離パート

ゴジラ

はい、どーもー
はいどーもー。始まりましたー
時刻は間もなく5:50です。

じゃあ交通状況をお願いします。道路交通情報センターの齋藤さん??笑
道路交通情報センターの齋藤です。
日吉駅前の綱島海道は塾高生と慶應生で相変わらずごった返していて、車の運転手にとっては迷惑極まりない状況です。はい、以上ですー

齋藤さん、ありがとうございました!じゃあ陸上はいつからやってるんですか??笑
本格的に始めたのが高校から、駅伝は中一から走ってました。

皆なんかそんな感じだね。兼部で駅伝走ってたのがきっかけって人。
うん。最初はなんかそんな感じで中学はハンドボール部だった。
もともとは陸上は嫌いで、特に長距離は苦しいから嫌だった。
ハンドボール部は地元に五校しかなくて地区大会全部負けても県大会行けるっていう。
結構強くて県2位とかだったよ。

ポジションは??
サイド。ウィキペディアで調べてみてください笑
で、なんか駅伝部に駆り出されて中一の時に初めて3km走ったのがきっかけ。
駅伝部の監督とハンド部の監督が同じ人で、ハンド部の体力作りってことで駅伝に無理やり参加させられたんだけど、そこで速かったから駆り出されるように。最初は3km10”20だった。

≪松田&丞  はやっ!!≫

なんで高校ではハンド部を続けなかったの??
中一の時は長距離苦しいから嫌でハンドボールを続けたかったんだけど、中2の時に市町村対抗駅伝の市のメンバーに選ばれてその時16区間中の7区を走ったんだけど、前の人達が頑張ってくれてトップで襷を受け取れて。
自分が白バイのすぐ後ろをトップでお客さんが沿道にいる中で走ったのがすごく嬉しくて。
それで陸上すごい面白いなって思った。

それって毎年出てるやつ??
そう。その時が初めて出たんだよね。
で、同じ年にライバルの子が出てきて。
その子は今も平国で陸上を続けていて予選会も一緒に走るんだけど、、それでまた陸上が面白くなって。
陸上で高校に入ったのもあるし、ハンドボールは中学までで終わらせて高校ではインターハイを目指して陸上をやり始めた。
5000と駅伝をメインにやってました。

インターハイは、ゴジラはどの辺まで進んだの??
2年、3年共に東北大会どまり。
高1はなかなか上手くいかなかったけど、練習を上手く積めて高2で14’59を出すことができた。
東北大会では強豪が多いからダメで、13位だったけど。
でも来年出ようって決めて練習積んで、高2秋に東北の新人大会で仙台育英、青森山田、秋田工業とかに勝って優勝できた。
それがすごい嬉しくて「来年は絶対インターハイに行く!」と思ってたんだけど冬に怪我しちゃったんだよね。
で、そっから怪我がなかなか春まで治らなくて。
なんとかトラックシーズンに間にあわせて、県をなんとか突破して。
でも東北大会では15’13くらいの20位くらいに終わっちゃって、なかなか高3は抜け出せなくて大変だった。

その後は、高3だと受験があるから同期は10月下旬の駅伝前に辞めちゃったんだけど、自分はパートチーフだったから駅伝までやることに。
でもまだその年は14分台を出してなくて出したかったから、高3の9月に一人で新幹線に乗って日体大に行って14’38のPBを出したよ。
駅伝は、3年連続で都大路とは関係ない地区大会で6位。
自分がいた時は、安積高校の黄金時代と言われていました。

安積高校の雰囲気は??
慶應競走部よりゆるい!

それはやばいねー笑

自分で練習を考える感じだし、監督はいるけど皆好きにやってて。
慶大競走部が集合とか時間をしっかり決めてるのを見て、最初俺はすごいなと思った笑
練習とかを自分で決めるのは一緒だけど、規律とかがしっかりしてるっていうのがすごいなって。

慶應に入ったきっかけは??
もともと陸上を始めた中学の時からW大学に行きたくて笑
W大学W大学言ってて、ちょうどW大学のコーチの人が安積高校出身だから高2の時にW大学の合宿にも参加させてもらってて。
でも自己推薦っていうのを出したけどダメで、他の学部も2つ受けたんだけどダメで。
「もうWのユニフォームを着れない」って嘆いていた時に慶應競走部からAOのハガキが届いて、ダメもとで受けてみようかなって。
締め切りがあと一週間くらいしかなかったから、母親が新幹線で三田まで行って願書を取ってきてくれて、3日くらいで書いて笑

えっそうなの!?だってあれめっちゃ指導受けて時間かけてやってるのに笑
え、全然。いきなりボールペンで書いたし笑

もーよく受かってくれたよ

W大学は俺が入りたいと思った一つ上くらいから本格的に力を入れ始めて。
竹澤さんとかがいたし、インターハイ上位のトップ選手が入るって話もあったから、そういう人達と一緒に練習したいなって思ってた。これから強くなるだろうなと思ったし。
他の大学からの誘いはあったけど、Wに行きたいからって全部断ってきた。Kとか。Aとか。
これ、名前わかっちゃうけどね笑

他の大学も、陸上をやるには全然良い環境なのに。
うん。絶対伸びるとは思ったんだけど。。。。
でも自分がここに行ったら陸上を嫌いになりそうな心配があったから。

そっかあ。。。そういう経緯で入部して、当初の目標は??
持ちタイムが14”38だったから、関カレ標準の14’25を切ることが一番の目先の目標だった。
大きな目標として、一つは5000mの塾記録を更新すること。
5000mには高校時代苦しめられて大きなこだわりがあったし。
もう一つがチームは難しいとしても、学連選抜で慶應大学を箱根駅伝に連れて行くこと。
それを大きな目標としてもってたな。

Wの練習にもまじってたわけだし、慶應の環境は自分が陸上続ける場として一年目はどう感じた??
練習面ではWの方が緊張感とかも大きかったし、自分の目標を達成する近道としてはWが一番だったと思うけど。。。。。。うーん。なんだろ。。。
やっぱり慶應は自ら考えて行動できるっていう点がWと違うかなと思った。
Wは与えられたものをいかに消化してくかってスタイルで、慶應は目標に向かって自分がまず何をすべきか考えてそれにあった効果的なメニューを自分ないし他の人からアドバイスをもらったりして練習を積んで行くっていう。
その分、慶應の方が目標を達成した時の喜びは大きいのかなあって。
そういうのを練習しながら思ったね。

トラックで良い記録が出てきたのって3,4年だよね。
PB&関カレ標準切ったのも3年の12月の日体だし。
持ちタイムもそれだけあって、ここまできれなかった原因って??

ひとつは、単純に練習が不足してたかな。
これ以上やると怪我しちゃうとか、あんまり無理しすぎると良くないかなって自分にセーブをしすぎちゃった。
その点においては2年の冬から3年の冬にかけて、平塚さんが考えて下さったメニューを消化することで少しずつ自信を持つことができて自分を追い込めるようになっていったかな。
あとは「あと3年ある、2年ある、1年ある、、、、」って自分に油断があったのかな。
ベストを更新して標準を切った3年の12月の日体は、「ここを突破しなかったら関東インカレはもう無理だ!」っていう背水の陣で臨んだから。
うーん。その二つかな。

陸上が原因じゃない怪我も含めて、ちょいちょい怪我で大事な時に走れないっていう時があったよね。。。

普段の生活で骨折したりとか、本当にそこは反省するところばかりで。。。。
練習での怪我に関しては、自分の体をしっかりと把握してなかったのがあるよね。

今年初めて関カレに出てみて
持ちタイムも組では下の方だったから、「行ける所まで行こう」ってチャレンジ精神で意外と緊張は無かった。
当日もあんまり緊張はなかったんだけど、最終招集が終わってスタート10分前に「競技スタイルになって下さい」って言われてユニフォーム姿になった時に、いざ周りの人がえんじとか白地に赤のCとか、紺のTUとかっていうのを目の当たりにしたら「箱根ランナーじゃないのは自分だけだ」ってそこで一気に体に緊張感が出ちゃって。
それで上手く走れなかった。
でもあの国立で走れたはすごくいい経験だったと思ってる。
地元福島にはああいう360度観客席の競技場が無かったし。

5000は次いつ出るの??
狙ってるのはまた12月の日体大記録会。
予選会が終わった後は9回目のあの市町村対抗駅伝にも出るし。

じゃあ、最後に塾記録を出して引退できると良いね。
うん。塾記録を狙って有終の美を狙いたいですねえー

正式にコーチとして就任というわけではまだありませんが、OB金森さんが7月下旬から長距離パートの指導して下さっています。金森さんがいらっしゃってからどお??
個人的に、パートチーフの俺としてはすごく助かってる。
最初にも言ったけど自分は高校時代は好き勝手、直観的に練習してきたから、パーチになっていざ後輩からアドバイスを求められると困ると言うか。。。

後輩理論派多いもんね笑
うん。長距離の人は真面目だから皆聞いてきてくれるんだけど、正直そこで回答に困る時があったりして。
練習メニューも本当にこれで良いのかなって迷う時もあったし。
だから考え方も理論派な金森さんが来て下さって、後輩たちの質問にも的確に答えてくださって、パートチーフとして自分はどうすれば良いのかとかも教えてくれて人間的にも素晴らしい人だなと思ったし。
合宿のメニューも予選会をすごい意識したものを作ってくださって。
自分は今もほぼ毎日電話してて、別にコーチとして雇われているわけでもないのに始発で朝ペーに参加して下さったりして観ていてくれて。
1人1人にアドバイスもしてくれて、時には一緒に走ってもくれて。
この人は本当に教えてくれようとしてるんだなっていうのを真摯に感じて。
周りはどう考えているかわかんないけど、自分はすごく感謝している。

皆は感じてないかもしれないけど、春先に比べると練習の質はすごい上がったと思う。
最初は金森さんが与えるメニューに対して無理って声もあったけど、今はそれを淡々とこなせるようになったし。

学生がこういうメニューをたてていきなりやろうって言っても、きっと反発出て実現できなかったよね。
そうだね。それは長距離皆が自分が強くなるためにどうすればいいかを本気で考えてるからでもあるんだけどね。

長距離パーチになって一番大変だったことは??
金森さんが来る前は怪我人が増えた時、冬場とかは自分が考えたメニューに問題があったんじゃないかってすごい責任を感じた時があったな。
あとは今だね。予選会一週間近く前でパーチの自分が怪我で走れてないのが一番つらい。
うーん。正直今がこの一年間でパートチーフやってて一番つらいかな。
でもパーチが弱いところ見せちゃダメだから、、、、耐えてます。
このつらさもあと一週間くらいだし、頑張りたいと思います。
辛いことはそれくらいだけど、よかったことは数えきれないくらいあるし。
長距離パーチになって本当に良かったなと思ってます。
まあ、なるのも大変だったけど務めるのはもっと大変だったかなと思います。

その怪我は今どんな感じ?
4次合宿が終わって全カレが終わったあたりから痛みが出だして。
正直、今めちゃくちゃ焦ってて。もうねー泣きたいくらい。
毎日朝が来るのも嫌なくらいなんだけど、まあパーチが弱音はいたらまずいなってことであんまり見せないようにはしてるけど。。。。
そういった点でもやっぱり金森さんに「合宿はしっかりできたんだから当日しっかり走ることだけを考えればいい」っていう助言をもらって、今は治療に専念してますねっ

金森さんとの連絡のやりとりや練習時に仕切るなど、木下がサポートして本当によく動いてくれてます。
パーチとして、木下について何か!

今考えなおすと、平塚さんとか西郷さんとか歴代のパーチはよく木下みたいなポジションがいないでやってたなと思う。
そう思うくらい、今は木下がいなかったら長距離がやっていけないんじゃないかってくらい重要な人物だと思ってる。
練習での金森さんとのやり取りもそうだし、自分は上から言うのが苦手なんだけどそういう自分に足りない部分を木下が補ってくれたり、今悩んでる部員に対して積極的に声をかけてくれたりして。
本当はパーチの自分がやらなくちゃだめなんだけど、本当にすごく助かってる。
一時期辞めるとか言ってたけど、ここまで残ってくれて良かったなと本当に思う。
木下君には本当に感謝しています!たまにおごってくれるし笑

あと、福島も今年の合宿は駅伝主務の仕事で色々大変そうだったけど本当に頑張ってくれたし。
今年の合宿は4年間の中で一番濃い合宿ができたなと思ってる。
もちろん松田、てっちゃんも。4年生には全員助けられたなあって。

パーチとして、パートをひっぱる上でここを活かして欲しいとかありますか??
自分は適度な緊張感はありながらも、チームの雰囲気は明るくいきたいっていうのがあって。

陸上が嫌いにならないような?

そう。長距離部員っていうのはすごく仲良くて、合宿所員が多いせいもあるけどプライベートでも一緒にいることが多くて。
適度に緊張感を持つところは持って欲しいけど、そういう良い雰囲気を保って良きライバル・良き仲間であり続けて欲しいと思うなあ。
自分はそういうところを意識してたから、それは続けて欲しいかな。

あと、金森さんがいらっしゃって合宿で濃い練習をすることができてそれはすごくよかったんだけど、自分が唯一失敗したなと思ったのは濃い練習になったのにもかかわらず例年通りのケアをしてしまったこと。
9月中旬くらいから怪我や疲労で練習できない選手を出してしまって。
今後も自分の体のことは今まで以上にしっかりして欲しい。
それでこの練習ができれば絶対皆の目標は達成できると思うし。

今後学連選抜は無くなる方向にあるけど、慶應は箱根とどう関わっていけば良いと思う??
チームとしてしか出場できないとなるとかなり厳しい状況だけど、だからといって箱根駅伝というものをあきらめて欲しくはない。
なかなか現段階では難しいけど、10年20年後になったら箱根へのチャンスが近づいてくると思うし、そういう礎を作っていって欲しいと思う。
要は、厳しくなるけどそれに対して自分達がどう関わっていけば良いかをちゃんと考えられるのが慶應競走部だと思うので、しっかり目標を持って取り組んで欲しいと思います!

じゃあ、最後に予選会への意気込みを。
チームとして出場するからには、チームのことを一番に考えてて今年のチーム目標10時間46分54秒の塾記録更新をしっかり目指していきたい。
それを目指していれば学連選抜っていう個人の目標はついてくると思うし。
自分は万全の状態ではないけれど、とにかく悔いのない状態を心がけたい。
今年も関東インカレポイントがあって、その2分35秒は点を取った選手とそれをサポー・応援トした人達の力だと思うから、皆の力が合わさって予選会走るのでそういう人達や今まで支えてくれた人達への感謝の気持ちを持って走りたいなと思います。

大事なことを忘れてました!最後に阪神タイガースにも一言を!
優勝しろとは言いません。
優勝しろとは言わないから、せめて、せめてカープには勝って下さい!!
金本が抜け、城島が抜け、そういう選手たちの抜けた穴を埋め、取るべき選手を取り、育てるべき若手は育てて、弱いところは補強し、とにかく頑張って欲しいと思います!

今の、一番気持ちこもってたよ!笑

ゴジラ、ありがとう
思った以上に真面目に答えてくれて嬉しかったです
この夏はパーチとして悩んだり、チームにとって何が良いのか色々考える姿を多々見てきました。
確かに今のチーム状況は怪我人も多く、8月下旬の状態で予選会を走れていたら相当良い結果が出たのではと思うこともあります。
ですが、合宿中に何度もミーティングをしたり皆がチームのことを考えていく中で、チーム力の面では間違いなく今が一番高まったなと思います。
また、長期の合宿で空気が重くなりがちな時もゴジラが後輩をいじったりと雰囲気を和らげていて、
あれはチームの雰囲気を明るくしていきたいというゴジラの方針だったのかあと思いました。
個人的には昨年ゴジラが関カレ標準を切った日体大のレースがとても印象に残っています。
あの時の嬉しさを、今年は塾記録更新で作って欲しいなと思います!!

ゴジラのチームの予選会がどんな結果になるのか。
ここまで皆できることを全てやってきてるので、後はもう本当に当日を待つしかないなと思います。
ゴジラがパーチでいられるのもあと5日!
本人は今大変な時期ですが、そういう時間も吹き飛ぶくらい良い引退をして欲しいと思います

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です