4年間のコトバ  寺澤知海(文4)

寺澤知海(文4)    短長パート

tera

陸上はいつから?
中一から。中高陸上部でずっと100だった。
でも中学の時は野球をクラブチームでやってて、陸上は学校の部活。
試合だけ出る感じで、月一回くらいしか陸上部の練習には出てなかった。
だから本格的にやったのは高校からだね。

高校の部活の雰囲気は?
競走部と似た感じ。指導者がいなくて、全部自分でメニュー組んで。
でもパートごとにメニュー組んで、皆で練習してたかな。
高校時代は11“45くらい。

大学でも体育会で陸上を続けようと思ったきっかけは??
スポーツで関東大会とか全国大会に出たことが無くて、高校はリレーが割と強かったからそれで行けるかなと思ったけど、マイルでも4継でも都で10番で行けなくて。
慶應の競走部なら頑張ってメンバーには入れれば、出れるかなと思った。

慶大競走部は高校から知ってた?
うん。ずっと。
後藤さんとか熊本さんとか横田さんがいるのも知ってたし。
六大学の中で自分が陸上を続けられる所はどこかなって探して、多少それ基準で大学も選んだし。

最初から体育会志望?
入った時は浪人してたから同好会も考えたけど、競走部の勧誘の人に競技場に連れてきてもらって、そこにいた横田さんと話して「やってもいいんじゃない」と言われじゃあ!って感じ。

入部当初の目標は?
関カレに出ること。
そういう全国とか関東レベルの公式戦に出たいっていうのはずっとあった。
諦めかけたこともあったけどね。それが現実的な目標だったかは別として。

寺澤は3年の時に短短から短長パートに移動しました。その理由は?
怪我とかで大学2年の時にあんまり結果が出なくて、やる気も結構無くなってて。
まあ無くなったというかどうしたら良いのかわかんなくて。
それで迷ってた時に、古賀とか2号とか秋本とか色んな人が「短長の方が向いてるんじゃない?」って言ってくれて。それでそっちならまだ可能性があるんじゃないかと思って変えた。

原因となった怪我は?
1年の冬に肉離れみたいになって、それがちゃんと治らないうちに練習を始めたらずっと違和感が残った。
左足にあんまり力が入らなくなって、全力も出せないから練習もやらなくて、でも結局治らなくてって感じ。
怪我した後、すぐ動けるようになったしあんまりその怪我を重いと思わなかった。
甘く見てたのかな、そういう怪我とか初めてだったし。
ちゃんと治さなかったのが良くなかったのと、力が入らないながらもやれる練習をちゃんとやらなかったから結局良くならなかったって感じ。
その怪我の影響はもうそんなにないけど。

一番きつかった時期は??
短長に変える時と、就活の時。
就活と陸上が全く両立できなくて、なんでやってんだろうみたいになって。
関カレとか全カレにもでれなくて就職にも失敗したらどうなるんだろうみたいになって、せめて就職は決めなきゃって思って、そういうことを考えちゃって気持ちが陸上に向かなくなったのかな。

2号や平野からめっちゃアドバイスを受けるようになったのは
1年の後半くらいから。
でも、遠慮なくアドバイスとか意見を言ってくれるようになったのは3年とかかな。
仲良くならないとはっきりしたことまでは言い合い辛いからね。

一番役に立ったアドバイスはありますか?
自分ではもう陸上厳しいかなと思ってたから、そういう時も「まだ行けるだろ、お前なら頑張ればリレメンに入れる!」みたいのをずっと言い続けてくれて、それで頑張り続けることができたかな。

後輩たちにメッセージを!
えーうーん。
おもしろくなかったり、辛かったり、そういう中で続けるのって意味が無いように思うけど、続けてみたらそんな悪いこともないんじゃない?っていう。
べつに嫌なら辞めてもいいんじゃない?辞めたいなら辞めてもいいと思う。
周りからの評価とか自分の小さいプライドで上手くいかないとか、そういうことに左右されて陸上やるのはつまらないから、なんで自分が陸上やってるのかとか陸上が好きだった理由とか、そういうのを見失わないようにしていかないと厳しいと思う。
それはどんなレベルの選手にしても。

正直なところ、何回Kマークをもらったり、関カレで優勝したとか入賞したとかそういうことが必ずしも4年間の幸福度を決めるわけじゃないと思う。
何回も選手になってるのに4年間いてつまんなそうな人もいるし、逆に一回も選手になれなくても色々学んで卒業されている人もいるし、あと一回も試合に出れなくても本間さんみたいにすごい応援される人もいるし。逆にいつも試合に出ているのに全く応援される人もいるかもしれないし。
そういう数字とか表面的な結果っていうのを目指しててもしょうがなくて、何がやりたいのかや何でやってるのかを見失いでもらいたいかな。うん。

寺澤は陸上は早慶戦で引退です。どんな終わり方をしたいですか?
その後も、趣味で続けるかもしれないけどね。
なるようになるんじゃない。
それを受け入れるしかないよ、ここまできたら。
どういう結果とか、タイム的に皆からどう思われるとか、どんな気持ちで引退するとかはここまで来たら変えられない。
それがどういうものであれ、出来る限り受け止めて、引退なり卒業していけたらいいんじゃないかと思う。
4年全体としては、最後は「皆良くやったね!」くらいある程度お互いを認め合って引退したいよね。

ではでは、最後に!
インタビュー中にも出てきたし、寺澤は応援席にいることも多かったと思うけど、
応援される選手ってどんな人だ考えますか?

うーん。。。。。
純粋に陸上をやっている人。純粋に速くなりたい、強くなりたいとか思ってやってる人かな。
応援席にいたくないから選手になりたいとか、そういうモチベーションももちろんあると思うけど。
あとはやっぱり、普段から皆のことを良く見ている人。
皆っていうのは強い選手弱い選手関わらず、一生懸命やっている人に声をかけられないにしても気にかけている人っていうのは応援されるんじゃないかな。
まあ不純な動機じゃなくて、普通にやってれば皆だと思うけど。

ありがとうございました~!!

いろんな角度から物事を見れる寺澤の話は興味深かったです。
寺澤が色んな引退の仕方を言っていたように、「先輩がどんな4年間を過ごしてきたか」を後輩はちゃんと見てるんだなあと感じました。
そして2号や平野など、他人の競技にもつっこんでアドバイスしたり関わってくれる存在が、
寺澤や平石のように大きな支えになっていることも実感しました。
寺澤も明日の早慶戦で引退です
寺澤がどんな結果をどんな風に受け止めて引退するのか。
ちゃんと最後まで見届けたいと思います。
頑張れ寺澤

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